
“Caution is not cowardly. Carelessness is not courage.”
先日、SNSで「日本の生成AI利用率が他の先進諸国に比べて極端に低い」という投稿を見かけました。
それは信用できる情報なのか?
本当ならば、その原因は何なのか?
— そんな疑問から、今回の調査が始まりました。
調査を進める中で見えてきたのは、単なる「認知度の低さ」ではなく、企業がAI導入を躊躇する明確な理由でした。
個人情報・機密情報の流出リスク、著作権侵害リスク、そして法制度の不確実性。
これらの課題は、AI導入を検討する企業の担当者にとって避けて通れない問題です。
本記事では、以下の3つの問いに答えます:
- なぜ日本では使われていないのか?:統計データの信頼性を検証し、低利用率の構造的要因を分析します
- 何が危険なのか?:実際に起きた情報流出事件、係争中の著作権訴訟、技術的リスクを整理します
- どう備えるか?:企業が実践する「三層防御」の実務チェックリストを提供します
この記事が、AI導入を検討されている企業の担当者の皆さまのお役に立てば幸いです。
本記事は、法的アドバイスを目的とするものではなく、公開情報に基づく一般的な解説です。
実際の対応や判断には、必要に応じて専門家(弁護士・プライバシーコンサルタント等)へのご相談をおすすめします。
第1章:データで見る日本のAI利用率
1-1. 統計が示す現実
まず、データを確認しましょう。総務省『情報通信白書 令和7年版』(2025年7月8日公表)[1]によれば、日本の生成AI利用経験率は以下の通りです:
| 国 | 利用率 | 調査年度 |
|---|---|---|
| 日本 | 26.7% | 2024年 |
| 米国 | 68.8% | 2024年 |
| 中国 | 81.2% | 2024年 |
| ドイツ | 59.2% | 2024年 |
この数字を見ると、日本の利用率は米国の約4割、中国の約3割にとどまります。
若年層(20代)では44.7%と比較的高いものの、全体的に主要国に比べて明らかに低い水準です。
企業の生成AI活用方針整備率でも、同様の傾向が見られます。
日本は約42.7~50%(2023年→2024年)であるのに対し、米国・中国は8割超です。
日本国内でも、大企業では約56%、中小企業では約34%と格差があります。
ロイター企業調査(2024年7月、506社にアプローチ、250社が回答)[2]では、
導入済みが24%、導入予定が35%、予定なしが41%という結果でした。
導入動機としては、60%が人手不足対策、53%がコスト削減を挙げています。
1-2. 統計の信頼性を検証する
「本当にこの数字は信用できるのか?」— これは重要な問いです。
統計には、調査方法・設問文の理解度差・サンプルの代表性など、様々な限界があります。
データの出所:
- 総務省『情報通信白書』は国の定期統計であり、国際比較章で4か国(日本・米国・中国・ドイツ)の個人2,590人、企業経営者1,442人を対象に調査しています
- 複数の大手媒体(ITmedia[3]、Impress Watch等)が同じ数値で報道しており、整合性が確認できます
統計上の限界:
- 「利用経験率」と「日常利用率」は別物です。
一度でも触ったことがあれば「利用経験あり」とカウントされる可能性があります - 設問文の理解度差、定義差(一度でも触ったか/業務継続利用か)で上振れ・下振れの余地があります
- 各国の調査方法・時点差により、厳密な完全同一比較ではない点に留意が必要です
外部の相関証拠:
- ロイター企業調査(N=506社)でも「導入済みはまだ少数」「予定なしが多い」傾向が確認されており、官民データの方向性が一致しています
- ロイター研究所(オックスフォード大学)の Generative AI and News Report 2025(6か国調査)でも、日本の日常使用率が低い傾向が示されています
結論:
統計上の限界(設問・時点差、自己申告バイアス)はありますが、複数のソースが同方向を示しています。
「日本でのAI利用率が相対的に低い」という情報の信頼性は高い、と考えられます。
1-3. なぜ日本は低いのか?—事実と推測
では、なぜ日本の利用率は低いのでしょうか?
ここでは、事実(データや公的レポートに明示されているもの)と推測(仮説)を明確に分けて整理します。
事実(データや公的レポートに明示)
1. スキル・人材の不足:
OECD/BCG/INSEAD報告(2025年5月2日公表、G7企業840社+ブラジル167社を調査)[4]によれば、
AIスキル不足、ROI※不確実性、データ成熟度の低さが採用の主な阻害要因として挙げられています。
※ROI:Return on Investment(投資収益率)。投資額に対してどれだけの利益が得られるかを示す指標
2. 企業方針の未整備・慎重姿勢:
日本企業は活用方針の整備率が約4~5割で、米独中の8~9割より低い状況です。
方針未整備は、利用ガイドライン・責任枠組み・教育投資の遅れにつながります。
3. 個人側の主因は「必要性を感じない」「使い方が分からない」:
総務省白書の図表によれば、「必要性を感じない」約40%が第一の理由、「使い方が分からない」が第二の理由です。
4. 大企業と中小での格差:
大企業では方針整備率が高く(約56%)、中小で遅れが目立ちます(約34%)。
推測(仮説)
A) 英語依存の情報・ツールが多く、業務ユースで”最初の一歩”が重い:
- 根拠:「使い方が分からない/必要性を感じない」の比率が高い=初期学習コストの高さを示唆
B) 著作権・情報漏えい等の”リスク過敏”が試行を抑制:
- 根拠:日本の官庁・業界はガイドライン重視で「安全な実装」を先に整える文化(デジタル庁の生成AI調達・活用ガイドライン等)
C) 中小企業中心の産業構造で、データ基盤整備や人材投資の固定費が相対的に重い:
- 根拠:OECD報告は「データ成熟度不足/ROI不確実性」を導入への障壁として指摘。中小は固定費耐性が弱い
D) 高齢化・人材需給のミスマッチが”導入の乗数効果”を鈍化:
- 根拠:国内の学術研究でも、経営層の高齢化とデジタルリテラシーが、デジタル化の意思決定を左右していることが指摘されている
これらの推測は、データや公的レポートに明示されているわけではありませんが、複数の情報源から導かれる仮説として考えられます。
第2章:情報流出リスクの実態
日本企業が生成AIに慎重な背景には、実際に起きた情報流出事件があります。
ここでは具体的な事例を紹介しながら、どのような経路で情報が漏れるのか、監督機関がどう対応しているのかを整理します。
2-1. 実際に起きた事故
ChatGPTで他人の個人情報が見えた事件(2023年3月)
2023年3月20日、ChatGPTのユーザーから「会話履歴に自分のものではないタイトルが表示される」という報告が相次ぎました。
調査の結果、データベースの不具合により、約9時間のあいだ、一部のユーザー同士の情報が混在していたことが判明しました[5]。
具体的には、他人の会話履歴のタイトルだけでなく、クレジットカード決済情報(氏名・住所・カードの種類・有効期限・カード番号の下4桁)も表示される可能性がありました。
影響を受けたのはChatGPT Plusの有料会員の約1.2%です。
この事件は、利用者が意図せず情報を入力したわけではなく、サービス提供側のシステム不具合で起きたという点で重要です。
どれだけ注意深く使っていても、システム側のトラブルで情報が漏れる可能性があることを示しています。
Samsungの社員が機密情報をChatGPTに入力した事件(2023年4~5月)
韓国のSamsungでは、2023年4月に3件の機密情報流出が発覚しました[6][7]。いずれも社員が業務効率化のためにChatGPTを使った際に起きたものです:
- 半導体製造設備の測定プログラムのバグ修正をChatGPTに依頼する際、プログラムコードをそのまま貼り付けた
- チップの品質管理プログラムの改善をChatGPTに依頼する際、テストデータを含めて送信した
- 社内会議の音声を文字に起こし、ChatGPTに議事録作成を依頼した
これらの情報は、一度外部のサーバーに送信されると、取得・削除が困難であり、他のユーザーに開示される可能性があります。
そのためSamsungは5月1日に全社で外部生成AI(ChatGPT、Bing、Bard等)の利用を禁止しました。
同様の措置は、Bank of America、Citi、Deutsche Bank、Goldman Sachs、Wells Fargo、JPMorgan、Amazon、Verizon、Walmartなど、グローバル企業でも相次いで導入されました[6]。
この事件の教訓は、「便利だから」という理由で安易に機密情報を入力すると、取り返しのつかない流出につながるということです。
Microsoft研究者がアクセス権限を誤って公開した事件(2023年6月)
2023年6月、セキュリティ企業Wiz社が、MicrosoftのGitHub公開リポジトリに、過剰な権限を持つアクセストークンが含まれていることを発見しました[8]。
このトークンを使うと、38TB(テラバイト)ものデータにアクセスできる状態になっており、その中には元Microsoft従業員2名のバックアップデータやMicrosoft Teamsのメッセージが含まれていました。
幸い顧客データの流出はなく、発見から2日後の6月24日には修正されました。
この事件は、研究者や開発者が学習データやコードを公開する際の設定ミスで起きました。
生成AI開発では大量のデータを扱うため、アクセス権限の管理を誤ると、重大な情報漏えいにつながる可能性があることを示しています。
OpenAIの社内フォーラムから情報が盗まれた事件(2023年)
2023年初頭、OpenAIの社内フォーラムがハッカーに侵入され、情報が窃取されました[9]。
OpenAIは2023年4月に全社員と取締役会に報告しましたが、顧客データやAIシステムへの侵入はなかったこと、ハッカーが個人(国家支援ではない)であることから、法執行機関への報告は行いませんでした。
この事件が公になったのは2024年7月で、New York TimesとReutersが報じました。
この事件は、生成AI企業自体がサイバー攻撃の標的になっていることを示しています。
利用者側の対策だけでなく、サービス提供者側のセキュリティ体制も重要です。
2-2. 3つの流出経路
これらの事件を分析すると、情報流出のメカニズムは大きく3つに分類できます。
(1) 入力時の流出
利用者が個人データや機密情報をAIに入力することで、サービス提供者のサーバーに保存され、学習データとして使用される可能性があります。
Samsungの事件がこれに該当します。
個人情報保護委員会(日本)[10]や英国情報コミッショナー事務局(ICO)[11]が公式に注意喚起しています。
(2) 出力時の流出
AIが学習時に読み込んだ文章を、そのまま出力してしまう可能性があります。
確率はゼロではなく、設定や使い方によって引き出しやすくなることが、2021年の学術研究(Carlini et al., USENIX Security)[12]で実証されています。
ChatGPTの会話履歴混在事件も、この類型に近いと言えます。
(3) 周辺システムの脆弱性
AIシステムに接続された外部ツールやデータベース、アクセス権限の設定ミスなどが狙われるケースです。
Microsoftのアクセストークン誤公開事件や、OpenAIの社内フォーラム侵入事件が該当します。
2-3. 監督機関のガイダンス
各国の監督機関は、生成AIの情報流出リスクに対して、どのような対応を求めているのでしょうか。
日本:個人情報保護委員会(PPC)
2023年6月2日、個人情報保護委員会は「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」を発表しました[10][13]。
主なポイントは以下の通りです:
- 個人データを学習や二次利用するAIに入力する場合は、本人の同意等が必要になる場合がある
- 要配慮個人情報(病歴、犯罪歴など)の取扱いには特に注意が必要
- 外部AIへの個人データ入力は、第三者提供や域外移転(海外へのデータ移転)に該当する可能性がある
英国:ICO
英国の情報コミッショナー事務局(ICO)は、2023年3月15日に一般AIガイダンスを更新し[11]、2024年からは生成AIに特化した諮問シリーズを開始しました。
特に注目すべきは、Web上の情報を自動的に収集・学習する行為(Webスクレイピング)について、「適法根拠としては『正当な利益』が唯一の可能性が高いが、開発者にとってハードルは高い」との見解を示している点です。
また、透明性の改善を強く要求しており、WebスクレイピングやAI学習目的を明示することを求めています。
米国:NIST
米国の国立標準技術研究所(NIST)は、2024年7月26日に「生成AIリスク管理フレームワーク」(NIST.AI.600-1)[14]を発表しました。
主要リスクとして、情報セキュリティ(データ漏えい、悪意ある指示による誤動作、学習データへの攻撃)を挙げ、4つの対策機能(統治、マッピング、測定、管理)を提示しています。
OWASP
セキュリティコミュニティOWASPは、「大規模言語モデルアプリケーションのトップ10リスク」(2025年版)[15]を発表し、第1位に「悪意ある指示による誤動作」を挙げています。
これは、攻撃者が直接またはWebサイト・ファイル経由でAIの動作を変更し、データ漏えいや不正アクセスを引き起こすリスクです。
2-4. 技術的リスクの正体
最後に、技術的な側面から2つの重要なリスクを整理します。
学習済みモデルからのデータ抽出
2021年の学術研究(Carlini et al., USENIX Security)[12]では、AIモデルが学習時に読み込んだテキストを、そのまま出力できることが実証されています。
大規模モデルほど脆弱であり、意図的な攻撃によってデータを引き出せる可能性が示されました。
外部コンテンツ経由の攻撃
Microsoft公式ブログ(2024年4月11日)[16]では、外部コンテンツ(Webサイトやファイル)経由でAIの動作を変更する攻撃を「重大リスク」と明示しています。
セキュリティ対策をすり抜けて、ツール呼び出しやデータ送出が起き得ると警告しています。
第3章:著作権問題の現在地
情報流出リスクに加えて、もう一つの大きなリスクが著作権問題です。
ここでは、著作権の歴史、各国の法制度の違い、係争中の裁判について整理します。
3-1. 歴史的枠組み
著作権の歴史は、1886年のベルヌ条約から始まります。
ベルヌ条約(1886年9月9日署名):
- 署名国:ベルギー、フランス、ドイツ、ハイチ、イタリア、リベリア、スペイン、スイス、チュニジア、英国(10か国)
- 原則:無方式主義、内国民待遇、最低保護基準
- 現在:改正を重ねて現在も各国法の土台
米国著作権法(1976年):
- Title 17が現行体系の基礎[17]
- Section 107でフェアユース※を明文化
※フェアユース(Section 107):アメリカの著作権法107条に定められた、「公正利用」のためであれば著作物を許可なく使用しても著作権侵害にはならない、という考え方。【日本には存在しない考え方なので注意】
- 4要素:目的・性質、著作物の性質、利用量・実質性、市場への影響
日本著作権法改正(2018年):
- 改正法:Act No. 30 of 2018
- 第30条の4(TDM※例外)を導入
- 施行日:2019年1月1日
- 内容:情報解析目的の利用を広く許容、ただし「享受※」目的は除外
- ※TDM:Text and Data Mining(テキスト・データマイニング)。大量のテキストやデータを分析して、パターンや知見を抽出する技術
- ※享受:著作物を鑑賞したり、感動したり、楽しんだりする目的での利用
EU DSM指令(2019年):
- TDM例外を整備
- Article 4(3):商用TDMは権利者のオプトアウト宣言で除外可能
- 機械可読な方法での権利留保が必要
英国TDM例外改正諮問:
- 諮問開始:2024年12月17日
- 締切:2025年2月25日
- 内容:EU型の広いTDM例外+オプトアウトの導入を提案
3-2. 各国の法制度の違い
| 法域 | 制度 | 学習適法性の判断基準 | オプトアウト |
|---|---|---|---|
| 米国 | フェアユース(§107) | 4要素テスト(目的・性質、著作物の性質、利用量、市場影響) | なし |
| EU | TDM例外+オプトアウト(Article 4(3)) | 商用TDMは適法だが、権利者が技術的な方法で拒否することも可能 | あり |
| 日本 | 第30条の4(TDM例外) | 「享受」目的でなければ広く許容 | なし |
| 英国 | 現状:非商用TDMのみ、2025年改正諮問中 | 諮問中(EU型TDM例外+オプトアウト導入予定) | 諮問中 |
このように、各国で法制度が異なるため、グローバルに展開する企業は複数の法域への対応が必要です。
3-3. 主要訴訟の現在地(2025年時点)
著作権問題は、現在も複数の裁判で争われています。ここでは、ビジネスへの影響が大きい4つの訴訟を紹介します。
AIが単独で作った作品に著作権は認められるか?(Thaler v. Perlmutter、米国)
2025年3月18日、米国の控訴裁判所は、AIが単独で生成した作品には著作権が認められないという判決を下しました[18][19]。
この裁判は、Dr. Stephen Thalerという研究者が、自身のAI「Creativity Machine」が生成した作品の著作権登録を申請したところ、米国著作権局に却下されたことから始まりました。
裁判所は、米国著作権法は「人間の著作者」を要求すると判断しました。
ビジネスへの影響:
- AIが単独で作った作品は、著作権で保護されない可能性が高い
- 人間がどの程度関与すれば著作権が認められるか(プロンプトを書いただけで十分か)は、まだ明確になっていない
New York TimesがOpenAIを訴えた裁判(NYT v. OpenAI、米国)
2025年3月26日、ニューヨークの裁判所は、New York TimesがOpenAIに対して起こした著作権侵害訴訟について、主要な主張の審理を続行すると決定しました[20][21]。
この訴訟は、OpenAIがChatGPTの学習に、New York Timesの記事を無断で使用したとして起こされたものです。
一部の主張(不当競争、商標希釈化)は却下されましたが、著作権侵害の主張は認められ、今後も審理が続きます。
ビジネスへの影響:
- 学習データの著作権問題は、まだ決着していない
- 大手メディアと生成AI企業の対立が続いている
- 判決次第では、学習データの扱い方が大きく変わる可能性がある
Getty ImagesがStability AIを訴えた裁判(英国)
2025年1月14日、英国の裁判所は、写真素材大手Getty ImagesがStability AI(画像生成AI「Stable Diffusion」の開発企業)を訴えた裁判について、代表訴訟の一部を却下しました[22]。
ただし、本案審理は2025年6月9日から開始される予定で、著作権侵害、データベース権、商標権などが争われます。
ビジネスへの影響:
- 画像生成AIの学習データ問題は、英国でも争われている
- 判決次第では、画像生成AIの利用方法が制限される可能性がある
GitHub Copilot訴訟(米国)
GitHub Copilot(プログラミング支援AI)を巡る訴訟では、2024年7月に、デジタルミレニアム著作権法(DMCA)違反の主張の大部分が却下されました。
原告が「同一性」を証明できなかったためです。
ただし、オープンソースライセンス違反と契約違反の主張は残っており、2025年4月9日に原告が控訴しました。
ビジネスへの影響:
- コード生成AIの利用は、オープンソースライセンス違反のリスクがある
- 生成されたコードのライセンス表示が適切か、確認が必要
3-4. 企業の実務対策
これらのリスクに対して、企業はどのように対応しているのでしょうか?主要な対策を整理します。
(A) データ源の適法化・ライセンス
Shutterstock × OpenAI提携:
- 発表日:2023年7月11日[23]
- 内容:6年契約、学習用ライセンス提供(画像・動画・音楽ライブラリ+メタデータ)
- Contributor Fund:寄稿者への補償(数十万人の芸術家に補償)
Getty Images:
- 自社ライセンス素材のみで学習したジェネレータ+法的保護(モデルカード/インデムニティ)
(B) 出力利用者の補償・免責(Indemnity)
Microsoft Copilot Copyright Commitment:
- 発表日:2023年9月7日[24]
- 内容:商用Copilot(Microsoft 365 Copilot、GitHub Copilot、Bing Chat Enterprise)の出力に対する補償
- 拡大:2023年11月15日、Azure OpenAI Serviceに拡大
- 条件:コンテンツフィルター使用、侵害を生じさせる意図的な使用を避ける
Adobe Firefly:
- 学習データのライセンス管理+エンタープライズ向けIP補償
- Adobe Stock素材+Adobe保有素材のみで学習
(C) オプトアウト・クローリング制御
GPTBot:
- OpenAIのクローラー
- robots.txt尊重(サイト側で拒否可能)
- 実務上の限界:すべてのクローラーが robots.txt を尊重するわけではない
YouTube:
- 第三者学習への明示許諾設定を導入(創作者側がON/OFF可)[25]
EUの権利留保(オプトアウト):
- 商用TDMへの rights reservation で学習除外(Article 4(3))
(D) 生成物の透明性・帰属管理
C2PA※(Content Credentials):
※C2PA:Coalition for Content Provenance and Authenticity(コンテンツの来歴と真正性のための連合)。生成・編集履歴の来歴(provenance)標準を策定する組織
- 組織:Coalition for Content Provenance and Authenticity
- 目的:生成・編集履歴の来歴(provenance)標準
- OpenAI参画:2024年5月、Steering Committee参加[26]
- 他の参画企業:Adobe、BBC、Intel、Microsoft、Google、Sony、Truepic等
- 実装:OpenAIはDALL-E 3生成画像にContent Credentialsを付与(2024年実装)
(E) ガバナンス/国内指針
文化庁:
- 2024年3月:「AIと著作権に関する考え方(概要)」公表[27][28]
- 2024年7月31日:「AIと著作権チェックリスト&ガイダンス」公表
- 内容:第30条の4の解釈整理、「享受」目的の線引き、チェックリスト
経済産業省:
- 2024年4月19日:「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」公表[29]
- 2024年11月22日:「第1.01版」更新
- 2025年2月18日:「AI契約チェックリスト」公表
- 内容:著作権、契約、リスクベース対策、責任分担の明確化
第4章:企業はどう備えるか
ここまで、日本のAI利用率の低さ、情報流出リスク、著作権問題について整理してきました。
では、企業はどのように備えればよいのでしょうか?
4-1. 三層防御の全体像
企業は、著作権リスクと情報流出リスクの両方に対応するため、以下の「三層防御」を実務標準としています。
| 層 | 対策内容 | 対象リスク |
|---|---|---|
| 第一層:データ源の適法化 | ライセンス学習、学習/再利用オフ、データ最小化 | 著作権侵害、情報流出(インプット) |
| 第二層:出力補償・契約 | 利用者への補償・免責、契約での責任分担 | 著作権侵害、情報流出(出力) |
| 第三層:透明性・統制 | C2PA、オプトアウト尊重、ログ保存、最小権限 | 著作権侵害、情報流出(周辺システム) |
4-2. 地域別対応
| 法域 | 著作権 | 個人情報 | 企業の対応 |
|---|---|---|---|
| 米国 | フェアユース審理中 | 州法・連邦法(CCPA等) | 高類似の出力禁止、ソース追跡 |
| EU | TDM+オプトアウト | GDPR | オプトアウト尊重、TDM対応ログ |
| 日本 | 第30条の4(「享受」該当性の線引き) | 個人情報保護法、PPC注意喚起 | 内部基準(学習/解析は可、模倣生成の推奨は禁止) |
4-3. 実務チェックリスト(統合版)
ここでは、企業が生成AIを導入する際に確認すべき8つのポイントを整理します。
1. データ取得時の確認
学習データの出所を記録する:
社外のデータを学習に使う場合は、どこから取得したか、どのようなライセンスか(公衆送信可能、クリエイティブ・コモンズ、商用ライセンス等)を記録しておきます。
EU対応:
EU圏で事業を行う場合は、権利者が「学習に使わないでください」と宣言しているデータ(オプトアウト)を尊重する必要があります。robots.txt等の技術的な方法で確認します。
個人情報の入力禁止:
社員が個人データや機密情報をAIに入力しないよう、画面キャプチャ付きのガイドラインで周知します。
2. モデル選定時の確認
ライセンス学習モデルの検討:
Getty ImagesやAdobeのように、ライセンスを取得した素材のみで学習したモデルを選ぶことで、著作権リスクを低減できます。
補償条件の比較:
MicrosoftやAdobeは、生成物の著作権侵害に対する補償を提供しています。プロバイダごとの補償条件を比較表にまとめておきます。
学習・再利用の設定確認:
外部APIを利用する場合、入力データが学習や再利用に使われないか、設定を確認します。
3. 出力時の運用
高リスク領域の人手審査:
ロゴ、キャラクター、特定の画風の模倣、長文の逐語的な再現など、著作権侵害リスクが高い領域では、人手で審査します。
データ最小化とマスキング:
個人情報を含むデータを扱う場合は、必要最小限のデータのみを使い、氏名等をマスキング(仮名化)します。
C2PAの付与:
生成物にC2PA(コンテンツの来歴情報)を付与することで、どのAIで生成されたかを追跡できるようにします。
4. 地域別ルールへの対応
米国:
フェアユースの判断が不確実なため、元の著作物と高度に類似した出力は禁止し、ソース(学習データの出所)を追跡します。
EU・英国:
権利者のオプトアウトを尊重し、学習データの取得記録(TDM対応ログ)を保存します。法改正の動向を定期的にレビューします。
日本:
著作権法第30条の4(情報解析目的の利用)の「享受」該当性について、内部基準を設けます。例:学習・解析は可、模倣生成の推奨は禁止。
5. 契約の整備
データ供給契約:
学習データの提供者と契約を結ぶ際は、学習用途を明示し、再許諾の範囲、オプトアウトへの対応を明文化します。
生成物の権利表示:
生成物の著作権が誰に帰属するか、補償条項をベンダと締結します。
プライバシー条項:
学習に個人データを使うか、データの保持期間、第三者提供の有無、海外へのデータ移転の有無を明文化します。
6. 透明性・統制の確保
生成プロセスのログ化:
技術的来歴(C2PA)と法的来歴(契約・同意・オプトアウト尊重)の両方をログ化します。
ツール連携の最小権限:
外部ツールとの連携では、アクセス権限を最小限に絞り、トークンの有効期限を短く設定し、出力先をホワイトリストで制限します。
悪意ある指示への対策:
外部からの悪意ある指示(プロンプトインジェクション)に対応するため、入力と指示を分離する設計、コンテンツ安全フィルタ、確認フローを導入します。
7. 運用・監査
ログの改ざん防止:
プロンプト(ユーザーの指示)とツール実行ログを、改ざん防止の仕組みで保存します。
定期テスト:
AIモデルが学習データをそのまま出力しないか、固有文字列や個人情報パターンを使って定期的にテストします(擬似攻撃)。
8. ベンダー選定時の確認
データ取り扱い条項の明文化:
ベンダーとの契約で、データの取り扱い方法(学習、保存、第三者提供等)を明文化します。
標準・指針への準拠:
NIST(米国)、ICO(英国)、個人情報保護委員会(日本)の指針に準拠しているか、証跡を取得します。
第5章:まとめ—「慎重さ」は準備期間
日本の生成AI利用率26.7%という数字は、確かに主要国に比べて低い水準です。
しかし、この「慎重さ」は弱点ではありません。
むしろ、リスクを正しく理解し、適切な対策を講じるための準備期間と捉えることができます。
本記事で見てきたように、著作権侵害リスク、個人情報・機密情報流出リスクは、実際に起きた事件であり、現在も係争中の裁判です。
これらのリスクは、企業が無視できるものではありません。
一方で、企業が実践する「三層防御」(データ源の適法化、出力補償・契約、透明性・統制)という実務解も見えてきました。
実務チェックリストを参考に、まずは基本的な対応から始め、段階的に体制を整えていくことをおすすめします。
生成AI時代は、まだ始まったばかりです。
技術の進化、法制度の整備、企業の実務対応は、今後も変化していくでしょう。
今後もこのブログでは、AI導入に役立つ法律・技術などの情報を発信していきたいと思います。
参考リンク
- 総務省『情報通信白書 令和7年版』
- Reuters「More than 40% of Japanese companies have no plan to make use of AI」
- ITmedia「日本の個人の生成AI利用率は27%」
- OECD「The Adoption of Artificial Intelligence in Firms」
- OpenAI「March 20 ChatGPT outage」
- Bloomberg「Samsung Bans ChatGPT and Other Generative AI Use by Staff After Leak」
- TechCrunch「Samsung bans use of generative AI tools like ChatGPT」
- Microsoft「Microsoft mitigated exposure of internal information…」
- Reuters「OpenAI’s internal AI details stolen in 2023 breach」
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起」
- ICO「Guidance on AI and data protection」
- Carlini et al.「Extracting Training Data from Large Language Models」(USENIX Security 2021)
- 個人情報保護委員会リーフレット(PDF)
- NIST「Artificial Intelligence Risk Management Framework: Generative AI Profile」
- OWASP「Top 10 for Large Language Model Applications」
- Microsoft「How Microsoft discovers and mitigates evolving attacks against AI guardrails」
- US Copyright Office「Copyright Law of the United States (Title 17)」
- D.C. Circuit「Thaler v. Perlmutter」(2025年3月18日)
- Reuters「US appeals court rejects copyrights for AI-generated art」
- SDNY「NYT v. OpenAI」(2025年4月4日)
- AP News「Judge allows newspaper copyright lawsuit against OpenAI to proceed」
- UK Courts and Tribunals Judiciary「Getty Images v. Stability AI」(2025年1月14日)
- Shutterstock「Shutterstock Expands Partnership with OpenAI」
- Microsoft「Copilot Copyright Commitment」
- Google「Your content & third-party training – YouTube Help」
- C2PA「OpenAI Joins C2PA Steering Committee」
- 文化庁「AIと著作権について」
- 文化庁「AIと著作権に関する考え方(英語版)」
- 経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」


